金融機関を除けば、金を借りられるのは『質屋』に代表される庶民金融でしたが、60年代から現在の消費者金融が代わって登場してきました。私たちが銀行に預金したり、融資を受けたりするのは、お互いの信用に基づいているからです。利用者がお金を預けることで、銀行は利用者から「信用」されたことになります。逆に、利用者は銀行から信用されて初めて融資が受けられます。しかし、取引実績がなければ、なかなか貸してはくれません。手続きも面倒です。「質屋」は銀行の代替金融の役割を果たしていましたが、高度成長で大量生産・大量消費の時代にあって、モノの価格が下がると質草の価値が下がって、商売として成り立たなくなりました。そこで、60年代に登場したのが「小口・無担保・無保証」の新しい庶民金融、現在の消費者金融です。59年に三洋信販(本社=福岡県・当時の社名は「三洋商事」、以下、60年アコム(大阪府・「丸糸」)、62年プロミス(大阪府・「関西金融」)、64年レイク(現GEコンシューマーファイナンス、大阪府・「パーソナルリース」)と、大阪で有力3社が誕生し、66年に武富士(東京都・「富士商事」)、67年にアイフル(京都府・「松原産業」)の2社が続きました。
(Nマイナス)問題は具体的には次のような問題を引き起こす。すなわち、非準備通貨国が準備通貨に対して為替レートを固定する制度の下では、準備通貨国は他の国が為替レートを固定するように金融政策を運営してくれるので、自らは国内安定化のために金融政策を行使することができるようになる。これは準備通貨国の特権である。この金融政策に関する準備通貨国と非準備通貨国との間の非対称性を一般に、準備通貨国の非対称的地位と呼ぶ。かくて、準備通貨国米国は、完全雇用を達成する目的で金融緩和政策を採用することができる。他方、その他の国の中央銀行は国内均衡を達成する手段としては金融政策を放棄せざるを得ず、自国通貨を準備通貨に一定の比率で固定する義務があるため、準備通貨国米国の金融政策を受け身的に輸入しなくてはならない。六〇年代の終わりから七〇年代の初めにかけて、日本やドイツは米国の金融政策を「輸入」せざるを得ず、その「輸入」を通じて、米国のインフレもまた輸入しなければならなかったのである。この準備通貨国の金融政策に関する非対称的地位は、米国の金融政策に節度を失わせた原因であるとともに、七三年にブレトンウッズ体制の崩壊をもたらした最大の要因であったと考えられる。他方、金本位制の下では、すべての国は金に対して自国通貨を一定比率で結びつける義務を負っており、一般的な国際準備(政府・中央銀行が対外決済手段として保有している資産)も金であったから、(Nマイナス)問題も生じなかった。
申し受けた担保が法的に機能するためには、「成立要件」と「対抗要件」を満たしていなければなりません。成立要件とは、当事者間で法律上担保として成り立つための必要条件、対抗要件とは、成立した担保権が他の債権者の権利と競合したときに優先弁済を受けるための条件のことです。また、各担保権の意味については次の通りです。?質権:借入を返済するまでは担保物件を預かり、返済が出来なくなった場合にはそれを処分して弁済を受ける担保権のこと。?(根)抵当権:不動産担保で、担保目的物である土地や建物を債務者が使用したままの状態で担保とし、返済がない場合には処分して弁済を受けることのできる担保権?譲渡担保権:株などの所有権を銀行に移し、返済が出来ない場合はそれを処分して弁済を受けることの出来る担保権。譲渡担保は、質権や抵当権と違って法律の規定がないため、判例でその効力や内容が認められている。